マイノリティになれる勇気。
先日、
中学生の生徒のお母様から
こんなお話を聞きました。
「子どもが、家でとても綺麗な発音で
英語を読んでいたので、
『学校でもそう上手に読んでるの?☺️』
と聞いたら、
『そんなわけないやん!
学校では無理!!』
と言われたんです...💦」
「すごく上手で、みんなに自慢できる
ことなのに、もったいなくて残念です💦」
とおっしゃってました。。
私もそれを聞いて、
その子が昔から発音よく
上手にリーディング・スピーキング
できている姿しか知らないので
すごく残念でしたが、、
その子が、なぜ
“ 学校では無理 ”と言うのか、
なんとなく分かったのです。。
それは、お母様も同じでした。
「私だけ浮いてしまう」
それが理由でした。
「みんなと違う」
みんな=過半数
に合わせていないと、
ジロジロ見られたり。
コソコソ言われたり。
それが嫌で、
たとえ自分が間違ったことをしていなくても、
団体のコミュニティの中では
目立ちたくない。
浮きたくない。。
そういう意識が出てきてしまうのでしょう。
実際、私の娘も
中学校の卒業式で
「マスクを外してもいいよ」、と
先生から言われたので外したら、
「え?普通外すやつとかおる?
おらんやろー!」
と、周りの子たちが外そうとした娘に対して
ザワザワとバカにしたように言い、
ひどく不快だったと聞きました。
(それでも娘は気にせず外しましたが)
また、先日たまたまある施設で、
近くで聞こえた園児さん親子の会話でも、
「ママー、○○ちゃんね、
“普通”と違うねん」
「(ママ) 何が違うの?」
「みんなと群れへんねん」
「(ママ) ....👀!」
そんな会話を耳にして、驚きの私でした。。
みんなと一緒。
みんなと同じ。
みんな、って何でしょう...?
普通、て何でしょう...?
「私」、じゃなくて
「みんな」を基準に行動を決めてしまう。
日本人の特徴でしょうか?
そんな子どもたちが多いような気がします。
私は、子どもの頃から
ここにモヤモヤ、生きづらさを感じて
生きてきました。
責任感の強かった私は
集団生活の中で、ルールを重んじ、
周りに迷惑をかけずに
物事を効率よくこなすことを
得意としてきました。
(これは【脳傾向性診断】でも
顕著に証明されています)
しかし、一方で、
他の人たちの考えや行動
周りに合わせることが苦手で、
いまだに、
たくさんの人がやっていること、
よく目にするもの、
と同じこと、同じものを持つことを
嫌う傾向があります。
10人いて、9人がYesと言っても、
1人だけNoと言える人間です。
いわゆる
過半数= Majority
ではなく、
少数派= Minority
にすすんでなろうとする人間です。
私は、“私”。
私が何者であるかは、私が決めるし、
私がどんな人間かは、
他人に合わせることではなく、
私がきちんと知っています。
もちろん、
自己中心的にならないように
自分を客観的に見ることも
忘れないよう心がけています❗️
その中で、
自分の意見、思いは
周りの人を傷つけない限り、
無理に合わせる必要はないと思っています😌
せっかくの自分の特技、
“強み”を周りを気にして
表現できないことは、
すごくもったいない
ことだと思うのです💦
娘たちにも、
そして生徒たちにも、
堂々と
“マイノリティになれる勇気”
を持ってほしい。
そう願う私です。
私の提供する
【脳傾向性診断】
では、
脳科学に基づいた根拠ある正確な診断で、
その方の特性・強みにフォーカスして自己認知
をすることができます✨️
自己肯定感高く、
自分が自分らしくいれること。
そこから
“他者理解”ができること。
“他者理解”は、決して
他者に合わせること、
ではありません。
たくさんの人を
“みんな”とくくるのではなく、
一人一人違った人間の集まり😌
一人一人が
マイノリティであっていいと思うのです☺️
だからこそ、
自分を正確に知ること。
私はこういう人間だと
堂々と言えること。
それが大切です✨️